大判例

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東京高等裁判所 昭和30年(う)2988号 判決 1956年4月14日

控訴人 被告人 東原こと鄭成夏

弁護人 大塚一男

検察官 大沢一郎

主文

本件控訴を棄却する。

理由

論旨第一点について。

原判決が、被告人の原判示行為をもつて常習賭博罪を構成するものとして、被告人を懲役六月(執行猶予三年)に処したことは、所論のとおりである。しかるに、所論は、被告人の原判示所為は、賭博行為ではないのであるから、これに対して刑法第百八十六条を適用した原判決は、法令の解釈適用を誤つたものである旨を主張し、その理由として、賭博罪の構成要素としての賭博とは、偶然の事情により財物の得喪を決する行為を指称し、当事者双方においてその賭した財物の得喪につき危険の負担に任ずるものであつて、当事者の一方が危険の負担に任じないか、又は勝負を争うに先だち財物の所有権を取得するときは、賭博ではないと解すべきところ、本件においては、客は先ず遊技券を買い受けるのであつて、客の出した財物の所有権は、ゲームの開始前に被告人に帰属し、その後において、始めてゲームが行われるのであるから、被告人の右所得は、偶然の勝負に基くものではなく、またゲームの結果によつて当事者間に財物の授受がなされるとしても、常に営業者が遊技券の売上以上の出捐を余儀なくされるか、又は右売上額の範囲内において景品等の支出をするかであつて、遊技券を求めた客は、ゲームの結果によつて景品等の財物を取得することはあつても、絶対にゲーム前に支出した遊技券の代金以外に出捐をすることはありえないものであつて、ひつきよう、偶然の勝負により、営業者側は損をするか得をするかのいずれかであるが、客は得をするかしないかであつて損をすることは絶対にないものであるから、被告人の原判示所為は賭博性がなく、また、被告人の原判示営業条件の違背が、本件所為をして賭博化せしめるものでもない旨を主張するにより、案ずるに、原判決の認定事実を、その援用する各証拠と対照して検討すると、本来被告人が長野県公安委員会の許可を受けて行つていた遊技営業行為は、原判示のとおりの方法であつて、結局のところ、営業者と客とが偶然の勝負によつて財物を賭けるという性質を帯びているものであることは否定できないところであるが、長野県公安委員会が特にこれを許可した理由は、その方法にいくつかの制限を設け、この条件の範囲内において行うならば、一時の娯楽に供する物を賭ける場合にあたると認めたものと解するのが相当であつて、そのように認めたことには違法はないものといわなければならない。しかして、原判決の認定したところによれば、被告人は、右許可の条件に違反して、一人一回二十円の制限を越えた遊技券を発売し、また、遊技券を買い受けた客が玉を突く条件を変更し、多数客のうちの任意の一名を代表として玉を突かせ、更に景品についても、許可の制限を越えて、客の要求により、遊技券の購入に充てることができる券又は現金までも給付することとして、このような方法を繰り返し営業として行つていたというのであつて、該事実は、原判決援用の証拠によつて優にこれを肯認することができ、記録を調べてみても、原判決の右認定が誤つているとは考えられないのである。このように、被告人が長野県公安委員会の許可条件を無視して、右原判示のような遊技営業行為をしていたとすれば、被告人の所為は、右許可によつて一時の娯楽に供する物を賭ける場合に当るという性質を失い、単に許可条件に違反したという風俗営業取締法違反の限界を越え、純然たる賭博行為と認められるに至つたものといわなければならない。してみれば、原判決が、被告人の行為を目して常習賭博罪を構成するものと判断したことは、相当であるというべく、原判決には、この点につき、所論のような法令の解釈適用を誤つた違法があるものということはできないから、論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 中西要一 判事 山田要治 判事 石井謹吾)

弁護人大塚一男の控訴趣意

第一点法令適用の誤り、理由くいちがい。

一、原判決は被告人の判示営業行為を目して常習賭博と断じ、同被告人を懲役六月(執行猶予三年)に処した。

二、然しながら、右認定は賭博ならざる行為を賭博と断じたものであつて、これを裏づける証拠なく、従つて理由のくいちがいの違法があり、同時に原判示所為に刑法第百八十六条を適用した点において法令適用の誤をも有するものといわねばならぬ。

三、本件当時被告人の営業が長野県公安委員会に提出した営業許可申請中の条件と相反し、客に対し遊技券を発行し、五箇の玉を使用すべきところを三箇とした等の誤りをおかしていたことは被告人も之を認めるところである。しかし右諸条件違反の行為をもつて直ちに賭博となすがごときは軽卒な判断といわざるをえない。けだし問題は本件行為に賭博罪の属性ありや否やにあるのであつて、この点について慎重な判断がなされねばならぬ。

四、賭博罪の構成要素としての賭博とは偶然の事情により財物の得喪を決する行為であつて、当事者双方に於て其の賭したる財物の得喪には危険の負担に任ずるものとせられるのである。従つて、当事者の一方が危険の負担に任じないか、又は輸贏を争うに先だち財物に付所有権を取得するときは賭博ではないことになる(大正六年(れ)六八九号同年四月三〇日大審院刑事第二部判決)。本件についてこれをみるに、原判示の通り被告人の営業場所に参集する多数の来客は単なる見物人を除き、まず遊技券なるものを買いうけるのである。すなわち、二十円なり或は百円、二百円なりの財物の所有権はゲームの開始前に被告人に帰属し而して後においてはじめてゲームが行われるのであるから、被告人の右取得は偶然の輸えいに基くものに非ざることは明白である。そしてゲームの結果如何によつて、当事者間に財物の授受がなされるとしても、この場合においてはつねにつぎのように運営される。すなわち、営業者側が遊技券の売上以上の出捐をよぎなくされるか、又は右売上額の範囲内において景品等の支出をするからである。一方遊技券を求めた客はゲームの結果によつて、景品等の財物を取得することはあつても、絶対にゲーム前になした遊技券の代金の支出以外に出捐をすることはありえないということである。つまり、偶然のゆえいにより営業者側は損をするか、得をするかの何れかであるが客は得をするかしないかであつて損をすることは絶対にないのである。以上の諸事実を考える時、原判示所為の非賭博性は否定すべくもないであろう。けだし賭博というものは刑法的概念においてもまた社会通念に従つても、偶然の勝敗の結果によつて、当事者双方が利得したり或は損失したりすることを指称するものだからである。

五、前記した被告人の営業条件違背は本件所為をして賭博化せしめるものではない。まづ遊技券の発行についていえばすでに先例もある。「賭博トハ当事間ニ財物ヲ賭シ予定シタル偶然ノ事情ニ依リテ輸贏ヲ決シ以テ其ノ財物ヲ得喪スル行為ヲ指称スルモノナリ而シテ本件ニ付原判決ノ認定シタル事実ニ依レハ被告人等ハ孰レモ夫々判示ノ如ク或ハ自ラ或ハ他人ノ名義ニ依リ或ハ他人ト共同シテ所轄警察署ヨリ営業免許証ヲ受ケ鹿児島市内又ハ鹿児島県揖宿郡山川町ニ於テ夫々判示ノ如ク臨時又ハ常設ノ玉突又ハ空気銃射的ノ遊技場ヲ設ケ客ヲシテ判示ノ如キ方法ニ依ル遊技タル玉突遊技又ハ六角落ト称スル空気銃射的ヲ為サシムルコトヲ営業トナシ孰レモ遊技一回ニ付一人ノ客ヲシテ一枚三銭ノ遊技券(一度ニ料金十五銭ニテ五枚ヲ買フモノ)ヲ一枚ニ限リ置カシメ客ノ勝チタルトキハ遊技一回ニ付景品トシテ煙草朝日一個ヲ呈スルコトノ許可ヲ受ケ居タルモノナル所被告人等ハ右遊技営業ニ従事中孰レモ自己ノ営業場ニ於テ一枚三銭ノ割ヲ以テ客ニ分与シタル右遊技券ヲ一度ニ叙上ノ許可制限以上ニ置カシメ其ノ他ハ前記ノ方法ニ依リ客ノ勝チタルトキハ遊技券一枚ニ付朝日煙草一個ヲ客ニ呈スル方法ニ依リ各判示ノ如ク射倖的行為ヲ為サシメタルモノト云フコトヲ得ヘキモ右所謂遊技券ハ之ヲ判示孰レカノ一区ニ置キ判示射倖的行為ヲ為ストキハ夫々右遊技場ノ営業者タル被告人等ノ所得ニ帰シ遊技者及営業者タル被告人等相互間ニ得喪ノ目的トシテ賭シタル財物ナリト云フコトヲ得ス単ニ遊技者タル客ノ勝チタル場合ニ於テ客カ所定ノ煙草ヲ取得スルノミニシテ遊技者タル客ニ於テハ何等財物ヲ賭シタル事実ナキヲ以テ原判決ニ認定セル右行為ハ孰レモ賭博類似行為ヲ以テ論スルコトヲ得ヘキモ未タ以テ賭博罪ノ構成要件ヲ具備スルモノト云フコトヲ得ス」(大審昭和八年(れ)一五二八号、同年一二月二二日刑四判、刑集一二巻二四一七頁)また、玉五箇を使用すべきところを三個にしたり客の一人がゲームし、その余の客が右に便乗するがごときも、またゲームの結果により客に渡すべき景品の代りに景品券を交付し、電車賃がないから景品のかわり現金をほしいと客からのぞまれて之を渡すことも(被告人の捜査段階における供述参照)そのこと自体本件営業を賭博たらしめるものということはできない。これらの条件違背については風俗営業としての行政的取締(風俗営業取締法第四条)又は刑事制裁(同法第三条、第七条第二項)を受けることはやむをえないとしても(但し訴追があればである)、それらの責任と賭博罪という刑法犯とを混同することは法の解釈、適用を誤るものといわねばならぬ。本件において、被告人は長野県公安委員会の聴問の結果、一ケ月の営業停止処分をうけている。

六、原判決は賭博に非る行為に対し証拠にもとづかずに賭博なりという誤つた法的評価を与えて被告人を有罪にしたものであつて、これは結局、理由くいちがい(又は不備)、誤つた法律の適用の違法を有し、ひいては法律に正条なき行為を処罰したものというべく、判決に影響を及ぼすこと性質上明白であるから破棄を免れないと考える。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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